読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

kiratto-life's blog

二児のママです。大阪から子育てなどを中心に書いています

 

スポンサーリンク

 

粉ミルクと母乳 時代の流れで変わる育児の常識 出産した病院でも方針がガラリと変わっていて驚いたこと

http://www.flickr.com/photos/12836528@N00/3430331864

photo by kevin dooley

 

私は2008年に第一子を出産、2011年に第二子を出産しました。

二人とも同じ病院で出産しましたが、たった3年で病院の方針がガラリと変わっていて驚きました。
たった3年ですよ!

 

母乳育児の取り組みが変わった

第一子の時は母乳育児を全面的にバックアップする体制だった

一人目の時は授乳室でみんな授乳していました。助産師も複数人いてたえず誰かの指導をしていました。指導がなくても雑談したり退院後の相談をしたりと活気にあふれていました。

授乳室でみんなが授乳している姿が見れるのはかなりメリットが大きくて、他の人が指導を受けている姿を見たり出来ることや、その内容を横で聞いたり、赤ちゃんの抱き方を見て真似したりなどしました。

細かいことでも助産師に相談出来ましたし、自分から相談出来なくても助産師からバンバン声をかけてくれるので心強くもありました。

悩んでいるのは自分だけじゃないと感じれるのも大きな助けになりました。

 

助産師はママさんたちを退院までに自信をもって授乳出来るようにビシバシ指導していたので、寝てても叩き起こされ二度寝しようものなら「いつまで寝ているの!」と檄をとばされました^_^;

授乳が終わって病室に帰ると10分も経たないうちに赤ちゃんが泣いているよと呼ばれることも常で、急いでトイレだけ行き授乳室に舞い戻るのも普通のことでした。

 

そんな時に授乳してもたいして飲まないうちに眠る赤ちゃんを見て「赤ちゃんはお腹が空いている時だけじゃなくてお母さんに抱っこして欲しかったんだね」って赤ちゃんが泣く理由を教えてもらい、抱っこするのは授乳するだけの意味じゃないんだよって、他にも助産師からたくさんのことを学びました。

 

母乳があまり出ていない時、ミルクを飲ましましたが、哺乳瓶ではなくコップで飲ませました。
抱っこしながら赤ちゃんにコップでミルクを飲ませました。赤ちゃんが上手に飲むんですよね。満足そうな赤ちゃんの顔を見て幸せな気分になったな~

 

第二子の時は母乳育児の取り組みが縮小されたように感じた(少し神経質になってるような感じもあり)

http://www.flickr.com/photos/49395947@N00/2896877169

photo by mitikusa.net

 

第二子の時は出産後から対応がかなり違っていました。
一人目の時は帝王切開で出産して、病室に帰り意識のあった私のところにすぐに赤ちゃんを連れていきくれてすぐに授乳をさせてくれました。
助産師が立ち会いの元でほんの少しの添い寝。ほんとに少しの時間でしたが嬉しかったな。

 

二人目の時も帝王切開で病室に帰っても麻酔が効きすぎたせいもあり寝たり起きたりと意識がぼんやり。でも、ぼんやりした意識の中で私は赤ちゃんを待っていた!
助産師が赤ちゃんが連れて来てくれるのを待っていました。

 

ぼんやりした意識の中でベッド側にスタッフ(たぶん助産師)が「赤ちゃんが待っていますからね、なるべく早く赤ちゃんに会ってあげてね」と声をかけていきました。

私はぼんやりした意識の中で「まって~!早く赤ちゃんを連れて来てよ~!」と「赤ちゃんの顔を見せてよ~(>_<)」と声が出せずいました。

 

麻酔が切れて開口一番「赤ちゃんをベッドまで連れて来てもらえますか。授乳してもいいですか?」と助産師にお願いしました。

その時の助産師がすぐに授乳したいと言う人がいなかったのですごく嬉しいと言っていたのを覚えています。
みんな帝王切開の傷の痛みで授乳どころではない人が多かったそうです。

 

二人目の時は授乳する時も授乳の前後で、赤ちゃんを体重計に乗せて記録するように指導がありました。

めんどくさいな~と思いつつ実行していましたが一度、授乳前の測定を忘れて素直に助産師に伝えるとピリピリして「赤ちゃんがどれだけ飲めているかわからない」と言われました。
一人目ならともかく二人目なのでしっかり飲んでいたのがわかったし計測を忘れたぐらいで神経とんがらせてどうしたんだろうって感じです。

 

「3時間たってなくても呼ぶかもしれませんよ!」と助産師。
「30分でも10分でも赤ちゃんが泣いたらかまわず呼んで下さい」と私はお願いしました。

たいだい3時間たってなくても赤ちゃん泣くでしょって思っていたのでその時の助産師の発言は不思議でしたが、時代の流れなのかなとも思いました。

 

その後、授乳している時にその助産師が話しにきてくれて赤ちゃんがぐっすり眠っていたことなどを話してくれてピリピリ感はなくなっていました。

 

一人目の時は授乳室で授乳するスタイルでしたが、二人目の時は母子同室の部屋が増えていたこと、スパルタ助産師が元気がなくなっていたこと、授乳室で授乳するママが減っていたこともありなんだか活気がなくなっていました。

 

そんなこともあり二人目の時は助産師から積極的に指導するのを控えていたような印象がありました。

 

プライバシー保護を優先してママ同士のコミュニケーションも希薄になっていました

http://www.flickr.com/photos/13071852@N00/3319908047

photo by treehouse1977

一人目の時はカーテンオープンだったけど二人目ではカーテンは閉じるものになっていた

一人目の時は寝るときと処置するとき、着替え以外はカーテンはオープンにしていた。自主的にしていたんじゃなくてこれも病院の方針でスタッフのおかげ。
最初はめんどくさいと思っていたけど、同室の妊婦やママは同じような状況の人達。話すきっかけになり応援し合える仲間になりました。

 

そして二人目。

「おはようございます」

挨拶するのって普通のことだけどカーテンが閉まっていたら出来ないですよね。薄っぺらい布一枚のことだけど、これが閉ざされているだけで関係も閉ざされたものになりました。

母子同室だったのでカーテンの向こうで悪戦苦闘して不安そうな声が聞こえるだけ。ご飯を食べる時もカーテンを閉ざしてもごもご食べる状態です。

これはあんまりだと思って、自分からカーテンを開けるようにしていきました。

すると向かいの人もカーテンを開けるようになりすぐに同室の人がみんなカーテンを開けて話すようになりました。

なんせ「女はしゃべってなんぼ」ですからね(笑)

 

おわりに

たった3年で病院内での方針が変わっていて驚きました。
いったいこの3年で病院内でなにがあったんだろうと勘繰るぐらいです。トップが変わっただけかもしれませんがね。

一人目の時の助産師の指導がなかったら、もしかすると母乳は出てなかったかもと思います。

助産師の指導に感謝してもしきれないくらい感謝しています。

 

そもそも今は母乳育児が推奨されていますが、私の母の時代はミルクで育てるのが主流だったそうです。
19740年代、昭和40年代ですね。
その頃は母乳よりミルクのほうが栄養があって赤ちゃんに良いとされてたそうです。
なので私の母は生後3カ月まで母乳で、それ以降はミルクで私を育てたそうで現在の母乳育児の流れに少し私の母は少し戸惑っていました。

だから、実母に授乳の相談は出来ませんでした。頼れるのは助産師や市の保健師のみという状況でした。

 

姑は子供を母乳で育てたそうで、母乳の出を良くするため初産の私に「餅を食べてる?赤飯持っていくね」とかなりプッシュしてきました。
私は乳腺炎に怯えていましたので姑のプッシュはかなり辛い行動でしたが(涙)

 

今となってはどれも懐かしい思い出です。

おしまい